最高裁判所第二小法廷 昭和23(オ)88 判決
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告人訴訟代理人弁護士小田元吉提出の上告理由書は、末尾添付の別紙記載のと
おりである。之に対し当裁判所の判断は次のとおりである。
上告理由第一点について。
然し、家屋の賃貸借に関連しその修繕に関する契約の如きは、通常その契約成立
の日以前から当時者間に下交渉のあることを常態とするから、所論の便器一組が本
件賃貸借及び修繕に関する契約の成立日である昭和二〇年一〇月三〇日の一〇日以
前である、同月二〇日被上告人において他より購入したものであるとしても、被上
告人において下交渉中であつた右日頃、右各契約の成立を見越して之を購入してお
いたものとも認められるし、又然らずとすれば、被上告人が右日頃購入手持して居
つたものを本件修繕所要のものに充用したとも認められるのであつて、従つて單に
その購入日が契約成立の一〇日前であるとの一事に依り、原判決に所論のような違
法ありとは到底謂うを得ない。論旨は理由のないものである。
上告理由第二点について。
原審は、(1)被上告人は上告人から昭和二〇年一〇月三〇日本件家屋の賃借及
び予算五、六千円で被上告人が右家屋に修繕を施し、その費用は修繕完了後上告人
から償還を受けることの各契約が成立していたこと、(2)右修繕は昭和二一年二
月中旬頃までに金四千百六十五円に相当する修繕費を要したものであること、並び
に此修繕費は現在に至るまで上告人から支払を受けていないものであること、(3)
右修繕進行中である昭和二〇年一一月下旬、被上告人は上告人から右賃借家屋を含
めた上告人所有の家屋七戸を代金一万七千円、手附金五千円、所有権移轉登記及び
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残代金支払期日昭和二一年一月一五日の約で買受け、上告人に手附金五千円を支払
つたこと、(4)ところが右売買契約は昭和二一年二月一八日上告人から被上告人
に右手附の倍返し即ち金一万円を支払つて解除となつたこと、(5)被上告人は右
売買契約解除の際前示賃貸借契約の解除に同意し又は修繕費の請求権を抛棄した等
の事実のないこと、の各事実を認定しているのである。次に上告論旨を要約すると、
(イ)被上告人の為した修繕は売買契約成立当時既に全部が完了していたものであ
る、(ロ)従つて売買価額一万七千円は修繕完了の状態において決定されたもので
あるから、被上告人の修繕費請求債権は右売買価額中に吸収包含され、既に此時消
滅に帰したものと解すべきである、(ハ)然るに右売買契約は解除されたのである
から被上告人の修繕費請求債権は当然復活されたものと解されるかも知れない、然
し右売買契約の解除は手附倍返しに因つて為されたものであり此倍返しは実は売買
契約の解除に因り買主である被上告人側に生じた損害補填の性質を有するものであ
るから、此手附倍返し中には売買契約の成立に因つて消滅に帰した被上告人の損害
となつた修繕費請求債権の計算関係も包含されているものと解することが経済社会
の実情に副つた解釋である、(二)然るに原審は普通の売買契約と異なつた、売買
価額の約三分の一にも適する高額の手附の定め従つてその倍返しを為したことに関
し、その性質並びに法律上の解釋に関して何等の判断をしていないのは、審理不盡
理由不備或いは法則の解釋適用を誤つた違法あるものと謂うべきであると云うので
ある。
按ずるに、売買契約成立の当時は、修繕は未完成であつたことは既に原審の確定
した事実であるから右(イ)及び(ロ)の主張は理由のないものであること明らか
である。次に手附倍戻し又は手附流しに因る契約解除は、契約解除の一方法に過ぎ
ないものであるから、本件売買契約が上告人の手附倍戻しに因り解除せられたから
といつて、他に特別なる契約又は意思表示等のない限りは、右売買契約とは別個の
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修繕契約に基く被上告人の本件修繕費請求債権が消滅に帰する謂われはない。しか
も右売買契約の解除に際し、被上告人が本件修繕費の請求債権を抛棄した事実等の
ないことは、原審の確定しているところであるから、右(ハ)の論旨は之を採用す
ることができない。次に代金額一万七千円の売買契約においてその約三分の一に当
る手附金五千円の定めの如きは、取引界の実際に照せば、之を以つて特別稀有の高
額の手附額とは解することはできない。従つて原審が所論の如く之に普通の売買契
約と異なつた特別なる判断乃至法則の解釋を用いなかつたとしても、之を以つて所
論の如き違法ありと為すことはできない。論旨は何れも理由のないものである。
上告理由第三点について。
原判決は売買契約の解除に際し、被上告人が本件修繕費請求債権その他賃借家屋
に関して有する一切の権利を抛棄したと云う事実は証拠に照し認め難いと判断認定
したところである。而して右認定には所論のような実験則違肯その他法令違反の点
を認むることができない。所論は結局原審の事権に属する事実の認定を非難するに
帰するものであつて、上告適法の理由とはならないものである。仍つて、民事訴訟
法第四〇一条第九五条第八九条に依り、主文のとおり判決する。此判決は裁判官全
員一致の意見である。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 霜 山 精 一
裁判官 票 山 茂
裁判官 小 谷 勝 重
裁判官 藤 田 八 郎
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